英語コーチのウラバナシ

英語コーチの仕事は、英語の先生とはちょっと違う。

英語を教えるのはもちろんですが、
生徒さんの話に耳を傾け、詰まっている課題を解決することも私たちの仕事です。

実際のところ、
英語コーチは、どんな風にカリキュラムを作って、
どんな心構えで生徒さんと向き合っているのでしょうか。

代表コーチの竹内が、英語コーチの「大事なウラの話」を語りました。
波線
竹内智則

書いた人・竹内 智則

プロフィール

1991年静岡県生まれ。
徳島県海陽町でアメリカ人の友人ができたことをきっかけに、国際交流の事業を行うようになる。 現在は東京都豊島区にて、外国人と日本人が一緒に暮らすシェアハウスを経営。 シェアハウスを中心にした観光ツアーを企画し、日本料理を一緒につくる。 自身の経験と英語の技術を体系化した英語コーチングを主催する。
波線

2018-09-28

vol.15 技術だけを教えるスクール

あなたの人生で、「この人に会えてよかった」と思う人はどれだけいるでしょうか?


僕が高校生のころにバスケを習った恩師が、まずその一人です。

「バスケットボールは確率のスポーツ。シュートが入る確率の高いプレイを続けたチームが勝つ」

という言葉を、口が酸っぱくなるほど言われました。

そして、全ての練習内容はこの考えに基づいていました。
つまり、
僕たちは「確率の高いプレーとは何か」を学び、それを実行するためのコート上の動き(戦術)を学び、ドリブルやシュートなどの練習(基礎)を積んだのでした。

プレー中、常にどの選択肢が「一番確率が高いか」を考えさせられました。
確率が低い選択をすると、笛が鳴り、怒鳴られます。

「なぜその選択をしたんだ!」

練習はものすごく辛かったけれど、嫌いではなかった。
徐々に、恩師が理想とするバスケットボール(勝ち)に近づいているのを感じていたからです。

あれから約10年が経った今。
僕は社会人サークルに入ってバスケをしています。

そして、僕のプレーの根本にあるのは「今はどのプレーが最適だろうか」という判断です。
あのとき教わった、バスケットボールへの向き合い方が、自分の中に生きているのを感じます。

多分これからも、消えることはないでしょう。


次に思い浮かぶのは、音楽を学んだときの恩師です。

それまで音楽を浅くしか知らなかった僕に「音楽の歴史」を教えてくれました。
一緒に音楽の歴史を辿って、膨大な量の曲を聴きました。
どの時代にどんな音楽が流行ったのか、どういう経緯でその音楽が生まれたのかを学びました。

すると、僕の演奏する音楽が変わりました。
それまで「なんとなく」で演奏していたものが、「この曲はこういう背景がある曲だから、こういう演奏をしよう」と、曲を深く理解しそれに合わせた演奏のアプローチを取るようになりました。

演奏する上での拠り所ができたというか、背筋がぴんとしたというか。
曲に対して、自信を持ってプレイすることができるようになったのです。

そして師匠の演奏には、それまで教えてもらっていたことが全部入っているような感じがして、聞くとその音楽のバックグラウンドを感じることができました。いつも「こういうミュージシャンになりたい」と思ったものです。


技術だけを教えるスクールもある中、僕は指導者に恵まれてきました。

ドリブルなどの技術も教わりました。けどそれ以上に、全体を通してどうやってスポーツと向き合うか、音楽と向き合うかを伝えてもらったと思います。

世の中には、2種類のスクールがあるのでしょう。

技術だけを教えているスクール

その向き合い方も伝えているスクール

私が次に別のことを学ぶなら、後者のスクールに通いたいものです。

あなたの英語スクールは、何を教えているスクールですか?

ぼくらの英語コーチング
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